【長期研修:2025.3.2-2025.9.2】アメリカ, スタンフォード大学:岡田正大さん
2025年3月から8月までの6か月間、アメリカはカリフォルニア州のスタンフォード大学にて長期海外研修を行いました(Fig. 1)。スタンフォードといえば、言わずと知れたシリコンバレーに位置する世界的に有名な大学で、世界を変える新しいテクノロジーを生み出そうとする雰囲気に包まれています。多くの学生やポスドクが、研究成果を基盤としてスタートアップを立ち上げることを目標に掲げており、なかなか日本の大学では味わうことのないような独特の刺激的な環境でした。
私が訪問したのはH. Tom Soh教授の研究室で(Fig. 2)、核酸アプタマーのスクリーニング技術に強みを持った研究グループです。核酸アプタマーというのは、特定の分子を特異的に認識する核酸配列のことで、抗体のように対象の分子のリガンドとして働きます。従来、核酸アプタマーは膨大なランダム配列のライブラリーの中から進化工学に基づいた選抜手法(SELEX: Systematic Evolution of Ligands by Exponential enrichment)によってスクリーニングされていました。しかし、SELEX法は何度も煩雑な工程を繰り返す必要のある非常に骨の折れる手法です。Soh研究室では、SELEX法を短縮できる新手法やSELEX法に代わる革新的なスクリーニング手法の開発がされてきました。
Soh教授には、前年の夏頃に初めてメールを送ったのだったと思います。もともと博士課程の研究テーマを進める中で核酸アプタマーに興味を抱いていた私は、Soh研究室から発表されたアプタマーのスクリーニング手法に関する論文を読み、「ここに行ってみたい!」と思ったのでした。すぐには返信は頂け無かったのですが、共同研究先の伊藤徹二教授の伝手を辿ったり、Soh研究室のOBに話を伺ったりし、秋口にはSoh研究室に所属されている日本人の藤田創さんを介してSoh教授と研究方針についてお話させていただく機会を得ました。そこから、実際の訪問まで月に1回程度のオンラインミーティングを重ね研究計画を練っていきました。毎度課題を与えられ、それを埋めていく内にフレームワークを身に着け思考が整理されていくという経験をしました。課題の中身は研究課題の洗い出しや先行研究リストアップなど、研究を進める上で当たり前にやっていることではあるものの、改めて明示的に取り組むことで、つまずいたときに現在地と立ち返るべき場所を把握しやすくなったと思います。まるでこれから始まる冒険のための地図を作っているようなものでした。渡航までのこの期間も研究者として成長する上で、非常に有意義なトレーニングをして頂いたと感じています。
さて、実際にSoh研究室で私が取り組んだプロジェクトは「糖鎖認識アプタマーの探索」です。糖鎖は単糖がグリコシド結合を介して連なった分子で、生体内ではありふれた構造でありタンパク質、核酸に続く第3の生体ポリマーとしてその機能が注目されています。しかし、化学的性質が互いによく似ていることや分子内に枝分かれ構造を有することから、その分子認識・識別は非常に難しく、機能解析の障壁となっています。特定の糖鎖構造を認識する核酸アプタマーの開発は糖鎖機能の理解を進める上で大きな足掛かりとなると考えられます。そこで、Soh研究室の技術やノウハウを活かし、特定の糖鎖構造を認識するアプタマーのスクリーニングに挑戦することにしました。
留学序盤は予期しないトラブルが続き、日本から輸入した試薬の遅延や建物のインフラの故障など、思わぬ形で足止めをくらい当初の実験スケジュールは大きく狂わされました。結局、スクリーニングは3回のトライにおおよそ2か月費やしましたが、使用したライブラリーの中からは候補配列のヒットは得られず、改めて糖鎖認識の難しさを痛感する結果となりました。次に、第二の戦略として既報糖鎖認識アプタマーの変異体を別の糖鎖に対するアプタマーとしてスクリーニングし直すということを試みました。しかし、その既報アプタマーは私たちが可能な限り再現した実験条件では機能せず、この方針も断念せざるをえませんでした。
スクリーニングが思うように成功しない中、研究方針に関する学術的意義と共に限られた時間の留学生活というものの価値についても見つめなおしました。ライブラリーを変更し候補配列のヒットが得られるまでスクリーニングを続けるという選択肢もありましたが、これでは仮にヒットしたとしても経験値としては同じ実験操作の繰り返しを覚えただけになってしまいます。この限られた期間の中でできる限り多くの学びを得ようと思い、思い切ってより基礎的な研究方針に切り替え、ラボ内で使用実績のあったグルコース認識アプタマーの機能解析に取り組むことにしました。すぐにはインパクトのある論文を書けるような成果は得られないかもしれませんが、単糖の認識機構を理解することで、将来的にはボトムアップ式に二糖、三糖、多糖の認識戦略を立てられる可能性があると考えたからです。最終的には、既報データの再解析と自身の実験データの解析を組み合わせ、グルコース認識構造の仮説を構築する段階まで至ることができ、今後のさらなる検証のための実験計画やボトムアップ式のアプタマー開発に向けた方針を話し合って帰国することとなりました。
Soh研究室は博士課程の学生が十人余、ポスドクが十人余の計25人程のグループで、学生とポスドクが半分ずつくらいの割合でした。日本の研究室では博士課程の学生となると、研究室内では経験の長い方となることが多いですが、ここではまだまだ経験の浅い側として学ぶことができます。現場レベルの細かい実験テクニックや最新の研究情報の収集方法など対面で一緒に働かなければ届かない且つ賞味期限の短い情報をポスドクや同僚の学生から聞くことができるのです。そして、全員が博士号の取得あるいはポスドク後のキャリアを見据えているので、高い熱量で研究に向き合う仲間に囲まれることになり、モチベーションを刺激してくれます。もちろん日本の研究室との環境の違いはそれぞれ善し悪しがあるとは思いますが、学生時代にアメリカの研究室を少しでも経験する大きいメリットだと感じました。
また、出身分野も多様で色々なバックグラウンドの人がお互いの専門知識を上手く組み合わせている印象を受けました。これもほとんどの学生が同じ専攻を履修して配属される日本の研究室とは大きく異なる点だと思います。最新版のアプタマースクリーナーも生命工学、電気工学、化学、コンピュータサイエンスなどのバックグラウンドを持つ学生やポスドクが協力して作り上げたものらしく、これが技術革新を起こす土壌なのだろうかと感じました。一方で、この多様性故に高度なコミュニケーション能力が要求されると思いました。英語という言語的なスキルで難しさを感じたのはもちろんですが、それ以上に異分野の研究者とも相互理解しながら建設的なディスカッションをするのは容易なことではありませんでした。これはまさにGP-Chemで常日頃指導されている「分野外の研究者にも分かりやすく説明する」ことの実践であると思いますが、自分の至らなさを実感し今後の糧としたい部分です。
週末は毎週のように外に出かけ、全米一ともいわれる美しいスタンフォードのキャンパスやカリフォルニアの大自然を象徴するヨセミテ自然公園の観光、言わずと知れたメガIT企業Googleのオフィス、ベイエリアの起業家コミュニティといったシリコンバレーならではの施設にも足を運びました(Fig. 3)。また、下宿先から毎日自転車でキャンパスに通っていたのですが、スタンフォード周辺は熱すぎず寒すぎず、天気がよく、美しい庭を持つ家が立ち並び、小動物や鳥の声が絶えない場所で、研究で行き詰っている時も、登下校が気分転換になり毎日新鮮な気分にさせてくれました。総じて研究室の内外で充実した半年間を過ごすことができたと思います。
最後になりましたが、本留学はGP-Chemの手厚い支援により実現しました。大変貴重な経験をさせて頂くことができました。また、受け入れ先のSoh教授、送り出して下った西澤先生、現地の伝手を探していただいた伊藤先生、共同研究者の藤田さん、Yasserさんをはじめとした研究室メンバー、及びすべての関係者の皆様に心より感謝申し上げます。

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