【短期研修:2024.6.13-6.23】香港科技大学:清水 達斗さん
最先端の有機電解合成技術の習得と知識の深化,及び所属研究室への実験技術の還元を目的として,香港科技大学(HKUST)の中村斐有(Hugh Nakamura)先生の研究室で10日間の短期海外研修を行いました(Fig. 1).有機電解合成は電極上で酸化・還元反応を行うことから廃棄物が少なく,環境調和性と原子効率に優れた次世代型の合成手法として,近年有機合成化学分野において特に脚光を浴びている研究領域です.中村研究室では電気化学を利用した触媒反応開発や,ビアリール構造を含む環状ペプチド天然物のアトロプ選択的かつスケーラブルな全合成研究を中心に行っています(研修当時).私は博士課程において電解酸化反応を自身の研究テーマに取り入れることを検討していることから,本研修では天然物合成の研究プロジェクトに加えて頂き,中村先生やポスドク,博士課程学生の方々の指導の下,有機電解合成で使用する電極装置のセットアップ方法の習得や,有機電解反応の検討を中心に行いました.
有機電解反応を行う上では市販のリアクターを用いることも可能ですが,専用の電極や反応容器が必要であるため,一度に実施可能な反応の検討数やスケールに制限があるという問題点を残しています.一方で中村研究室では電解合成リアクターの電極装置を実験者自身で組み立てており,その作製方法を学びました.本手法は上記の問題点を克服しており,利点として装置が比較的安価で準備できる点や,多くの検討を一度に実施できる点,反応容器の大きさを自在に変更できるためスケールアップが容易である点が挙げられます.また,実際に自身で作製した電極装置を用いて有機電解反応の検討も行い,電源装置の操作方法も学びました(Fig. 2).馴染みの無い専門用語を交えた英語での会話が円滑に行えず苦労した事も多々ありましたが,一連の基礎的な実験技術を学ぶことができました.本研修で習得した電解合成リアクターのセットアップ方法に基づいて,所属研究室でも有機電解合成を定着させ,簡便に行うことが可能な実験環境を構築していきたいと考えています.
研究室ではメンバー同士での雑談はあまり行わない一方で頻繁にディスカッションを行い、常にインパクトの高い合成経路の開拓を目指しており,天然有機化合物の全合成に対する並々ならぬ情熱と緊張感を肌で感じました.中村研究室では少人数ながらも短期間で優れた研究成果を報告しており,より効率的に研究を推進しようとする,研究室メンバーの研究成果への貪欲さや競争心,バイタリティに非常に刺激を受けました.このように海外研究室の雰囲気や研究スタイル,価値観が日本の所属研究室とは大きく異なることを実感したことも,自身の視野を広げる上での大きな収穫となりました.
9日目の午後は観光を行い,研究室の博士学生の方に案内をして頂きました.香港は複数の島から構成されていますが,地下鉄が発達しており,少ない交通費でほぼ全域を移動することが可能です.Central(中環),Sheung Wan(上環),Tsim Sha Tsui(尖沙咀),Mong Kok(旺角)等の主要な都市を回る中で,西洋風の歴史的な建築物を何度か目にしました.これは香港がかつてイギリスの植民地であった名残であり,街並みの随所から歴史的背景を垣間見ることができました.このような西洋建築に加え,東洋建築,現代的なビジネス街,香港特有の高層住宅やレトロな街並み等の多様な一面が混在していることも魅力であり,日本との文化・歴史の違いを強く実感しました.また,Victoria Peak(太平山頂)やVictoria Harbour(維多利亞港)等の観光名所も訪れ,狭い平地に高層ビルが隙間無く密集している,香港ならではの絶景も楽しみました(Fig. 3,4).
1人での海外滞在は今回が初めてとなりましたが,香港は交通の便や治安が非常に良いため,大きな問題もなく研修期間中を過ごすことができました.10日間という短い期間でしたが,現地の研究プロジェクトに加わり実験させて頂いたことは大変光栄であり,有機電解合成を始めとする様々な実験技術を習得し,自身の科学的・国際的視野と,研究者としての価値観の幅を拡大することができた点で,本海外研修は極めて有意義なものとなりました.本研修において学んだ有機電解合成を今後の自身の研究課題に適用すると共に,海外での生活を送る上で得た経験を博士後期課程での長期海外研修に活用していきたいと思います.このような貴重な留学の機会の提供と支援をして頂きました,GP-Chemのスタッフの皆様に心より感謝申し上げます.